風間八宏監督が行っているのは、違う設計図を用いたチーム作り。


 どうも、いしかわごうです。

 本日は麻生取材に。
暖かくなり、麻生の花粉が勢いを増してくる季節になってきました。

さて。
週末は風間八宏監督率いる、名古屋グランパス戦です。少し頭の中を整理すべく、最近の風間監督の著作を読み直してみました。

「技術解体新書」はその名の通りに技術本ですが、「伝わる技術」のほうはコミュニケーション本なので、指導した選手とのエピソードも豊富ですね。いくつかの印象に残った箇所がありましたが、ひとつ紹介しておきます。

・「答え」までの「式」は一つじゃない

ゴール前を攻略して点を取るという「答え」だけを決めておけば、そこまで持ってくる数式はどんなものでもいいのです。「24」という答えに対して、3×8、4×6の掛け算でも、12+12の足し算であってもいいはずです。

 ところが最近の日本人はどうも小さい頃から「式」ばかりを追ってきているのではないかと感じることが少なくありません。与えられた数式を暗記する、パターン化して繰り返す練習ばかりをしている気がします。
(伝わる技術 力を引き出すコミュニケーション より)

 これを読んで感じたのは、風間監督にとって、「答え」は見つけるものではなくて、すでに決めてあるものということです。

 普通は逆ですよね。
自分なりの数式(メソッド)を見つけて、それをいろんなパターン(チーム)に当てはめて、答えにたどり着くかどうか試してみる。

 でも風間監督にとって答えは決まっているものです。だから、違う数式を使って答えにたどり着こうとしている。ゆえに名古屋グランパスでは、フロンターレ時代とは違うアプローチでチーム作りを行っていることが明かされています。グランパスのサッカーを見ていると、ところどころに「らしさ」は滲み出ていますが、フロンターレとは違う設計図を用いてチーム作りをしてることも伝わってくるんですね。

全然関係ないのですが、このときにふと思い出したのが、元タレントの島田紳助さんのエピソードです。

タレント業を引退して久しいですが、彼はタレント業の傍、飲食店経営などさまざまなジャンルのビジネスをプロデュースして、しかも成功していました。

 なぜ業態の違う店を複数も手がけているのか?

 その理由について、彼は「お金儲けが目的ではない」と言っていました。

もしお金儲けがしたいならば、ネームバリューやそのしゃべりを生かして、全国を講演で回ったほうがより効率的かつ圧倒的に稼げるからです。

 では、なぜか。
彼は自分のタレントとしての成功が「偶然ではないことを証明するため」と話していました。

 タレント・島田紳助は一度しかできない。
そのため、どんなに成功しても「たまたまでしょ?」と言われている気がするし、自分でもそういう風に思うことがあるそうです。

だから、自分のアイデアが世間に通用するかを、実験としてビジネスをやっている。それでプロデュースした店が成功するたびに、「ほらな、間違ってなかったやろ」と確信するのだそうです。

(詳しい講義はこのDVDに収録されています)

 もしかしたら、風間監督も似たような考えなのかもしれません。
昔、風間監督に話を聞いた時に、「5年ぐらい経つと飽きるんだよな」と笑っていたことがあります。風間監督のキャリアを調べてみると、確かに5年周期で変化しているんですよね。

選手時代はドイツで5年ほどプレーしてから日本に帰国。1989年にマツダ(のちのサンフレッチェ広島)に入団すると、1994年にサンフレッチェ広島を1stステージ優勝に導くと、5年が過ぎた95年には再びドイツに渡っています。

 指導者歴を見ていても、筑波大学で指導したのは5年、フロンターレでも指揮をとったのも5年です。

 ひとつの場所で成功しても「たまたまでしょ?」と思われたくない、あるいは飽きてしまってチャレンジしたくなるサガなのかもしれません。そして、それが5年周期で巡ってくるのかもしれません。

風間監督のフロンターレ時代の話やサッカーの変化は、こちらのマガジン講座をどうぞ。全5回+補講1回でおさらいできます。

初心者のための風間フロンターレ観戦講座

ではでは。





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