代行監督のプロフェッショナル〜望月達也コーチの思い出。


先日、望月達也コーチのヴァンフォーレ甲府コーチ就任が発表されました。

 望月コーチで思い出深い出来事と言えば、たびたび口にする下ネタ・・・・ではなく「代行監督のプロ」としての手腕ですね。

フロンターレでは2012年のシーズン序盤の相馬監督解任後、代行監督として約2週間ほど指揮を執っていますが、あのときの仕事ぶりは、まさに”プロ”でした。取材していてとても興味深かったので、印象に残っています。4度目となる代行監督経験は伊達ではないですね。

 どのあたりが”代行監督のプロ”だったかというと、それは「自分の色を出さなかったこと」。ここに尽きます。望月コーチは自分が「代行である」という立場を踏まえた上で、当時のチームに必要な処方箋を与える仕事だけに徹してました。

 まず相馬体制終焉を迎えた当時、チームは守備組織の構築に力を注いだことで得点力が失われてしまい、かなりの閉塞感が漂っている状態。さらに、次の監督が誰で、いつ決まるのか・・・その先行きも見えていないわけで、麻生には毎日10名近い記者陣がクラブハウスに常駐する取材合戦が繰り広げられていたりと、そんな喧噪の中で選手達を試合に向かわせなければならないわけです。そこを乗り切るのは、決して簡単な仕事ではありません。もしアプローチを間違えていたら、チームを悪化させかねませんから。

 そんな中、望月コーチのアプローチは、チームに何かを新しく浸透させるのではなく、むしろ無くしてしまったものを思い出させること。より具体的には、相馬前監督が築いたベースを引き継ぎつつ、チームのストロングポイントである攻撃力を復活させること。なんでしょうね。言うなればスランプに陥っている受験生に、自分独自の新しい勉強法を教えるのではなく、過去に出来ていた問題の復習を繰り返させて自信を取り戻すようなものでしょうか。そんな狙いのトレーニングメニューを組み込んでました。

 その結果、得点力不足に苦しんでいたチームは公式戦3試合で8得点を叩き出しました。勝敗も2勝1敗と勝ち越し。なにより羅針盤を失いかけていたチームに”フロンターレらしさ”が戻り、湿りがちだった練習の雰囲気も向上させることにも成功しています。

 となれば、今度は代行ではなく監督として続行して欲しいという声も周囲からあがります。
ただその意欲を問われても、「強い相手とやったら、自分たちの良さも消されるんで。それに、そこを綿密にやり始めると、時間がかかってくるので」と、あくまで短期限定の処方箋が効いた結果でしかないことを強調してました。まわりは一時的な回復力を見て「すごい!」と思うかもしれないけど、自分がチームに打ちこんだのは、「カンフル剤」であることをちゃんとわかっているわけです。続行する色気を出さないあたりもさすがだな、と。そして就任する風間監督にしっかりとバトンを渡し、自分はヘッドコーチに。

 こういった一連の仕事ぶりが、代行監督のプロだな、と感じたわけです。取材記者としても、勉強になる出来事でした。

まぁ、ものすごく場慣れしてると思いきや、代行監督として指揮を執ることになった最初のガンバ戦では、試合前のミーティングで「いいか!一番テンパッてるのは俺だからな!」と選手達に切り出したエピソードが漏れてくるあたりも、望月さんらしくて面白いんですけどね・笑。

ではでは。

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