リライト書評:眼・術・戦 ヤット流ゲームメイクの極意


以前のブログに書いた本のレビューを、このブログで再掲載するリライト書評。今回はこちらです。

 「眼・術・戦 ヤット流ゲームメイクの極意」


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 2013年に出た本です。
遠藤保仁というフットボーラーは、一体何を観て、何を考えてプレーしているのか。その頭の中を覗いてみようという一冊です。ライター・西部謙司さんとの共著。これは読み応えがありましたね。面白かったです。

 最初の、公園にあるブランコの何番目が揺れていたのかを一瞬で焼き付けることが出来る能力(訓練次第で出来るようになるらしい)も興味深かったのですが、印象的だったのは「リスクマネジメント」の認識。本書では「リスクの見積もり方」という表現をされてましたが、ここらへんの感覚が独特といいますか、かなり大胆なので、ちょっと周囲にはなかなか理解されない部分のままプレーしているんだとわかりました。

 例えば、ザックジャパン時代。右サイドバックの内田篤人が自陣でボールを持っているとき、対戦相手がサイドからボールを奪おうと、内田にプレッシャーをかけていくとします。これを見て、右ボランチの長谷部誠なり、センターバックの吉田麻也なりが内田に寄っていき、サポートできる関係を作ります。

 左ボランチである遠藤は、通常であれば、中央付近にポジションを取っておくのがセオリーです。もし右サイドでパスカットされたり、ボールを失った場合、トップ下の選手が中央に残っていたら、一気に真ん中を使われて大ピンチだからです。中央のスペースを使われてカウンターを受けたときのことを考えて、あらかじめ中央のスペースを埋めて、危険に備えておく。いわゆる「リスクマネジメント」をしておく必要があるのです。

・・・普通ならば。
でも遠藤は右サイドの組み立てを見て、あえて真ん中をがら空きにして、左サイドに開いてしまう。

 これはセオリーを無視した、ハイリスクなポジショニングなわけです。もし自陣でボールを失った瞬間、中央ががら空きなわけですから、残っている相手のFW2枚に対して、センターバックが2枚の数的同数で守らなければならない可能性も出てしまいます。どう考えてもバランスが悪い。遠藤のこのポジショニングというのは、監督によってはめまいを起こすレベル・笑。

 でも彼は勝負どころでは、あえてそれを貫きます。なぜか。そうしないと、”相手の守備を崩せないから“。リスクを冒すことで相手の組織のバランスも崩し、それでゴールのチャンスが生まれる可能性が高まることを知っているからです。

 ここで面白いのが、遠藤はこの位置取りを「リスクを冒すこと」だと認識して「いない」ことです。だって遠藤は「ボールを取られる」という前提ではプレーしていないから。

 ここですよね、要は。
遠藤にとって、ボールは「失わないもの」なんです。同じ状況でも、一方は「危ないじゃないか!ボールを取られたらどうするんだ!」と思い、遠藤は「危なくないです。だってボールは取られないから」とタカをくくっている。ここに周囲とギャップが生まれているわけです。まわりからは、ハイリスクハイリターンに見えても、本人はローリスクハイリターンなわけです。だったら、ローリスクハイリターンを選択しますよね。要は、そういう風にサッカーを捉えてしている人だということです。そりゃあ、見えている世界が違いますよね。意見が噛み合わないですよ。

 本書では、こう書かれています。

スタートラインが違っているのだから、これは話し合っても平行線にしかならない。違う言い方をすれば、リスクの見積もり方に埋められないぐらいの差があるわけだ。

 なんですかね。まわりからすると、“危ない橋を渡ろうとしている”ように見えるのですが、遠藤本人からすると、石の橋・・・とまではいかなくても、”崩れるわけのない橋を悠々と渡ろうかな”ぐらいの感覚なわけですよ。もちろん、遠藤のこの認識を支えているのは、本人が圧倒的な技術と覚悟によるものだと思います。彼の言う技術とは「精度」のことでもあります。

「パスを受ける、パスを出す。その基本技術の精度が一番重要だと思います。日本人はプレッシャーが少し速くなるとすぐに蹴ってしまう。それは精度がないから」

サーカスの綱渡りを平気でしている人と、それをまわりでドキドキしながら見ている観客ぐらいの感覚の違いかもしれませんね。いや、例えが正しいかどうかわかりませんが。


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 それと、もうひとつ。
先ほどはポジショニングの話でしたが、「フリー」という状態の認識の話も面白かった。例えば、サイドバックからボランチの遠藤選手にパスが入る場面。遠藤は相手がプレッシャーをかけてきてもボールは奪われないと思っているから、相手が自分にプレッシャーに来ていたとしてもパスを足元に入れてくれと思っている。

 遠藤の感覚では、相手が来ていようが、それは「フリー」の状態に近いわけです。でも出す側のサイドバックとしては、もしそこで奪われた場合、危険なカウンターを受けてしまうから、「完全なフリー」じゃないとパスは出したくない、出せない。

 ここでも両者の認識というか、感覚にギャップがあるわけです。つまり、遠藤は「自分にパスを入れていいよ。相手がマークにきていても、今のは自分の中でフリーだから」、パスを出す選手は「いや、出せないです。相手がマークに来ていましたから」となるわけです。このへんも、チームメートとはかなり擦り合わせをしていたそうです。

こんな感じで、知られざるヤットの世界観を読み解けるので、オススメです。


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