Jリーグ最終節は、仙台×川崎Fを取材。試合は1-1のドロー。
終わってみれば、仙台の残留も無事決まり、Jリーグ的にはさほど注目されていないカードだったのでしょうけど、いやはや、現場を取材した記者としてはなんともタフな最終節でしたわ。
というのも、東北新幹線の3時間遅れで、ゲームのキックオフに間に合わなかったんですよ。
試合のときは、2時間前にスタジアム入りするように行動しています。この日は15:30キックオフでした。計画としては、10:56分発のはやてに乗って、12:40ぐらいに仙台駅到着。そっから地下鉄で30分ぐらいでユアテック到着なので、まぁ、13:30には確実にスタジアムに着く予定だったんですよ。
・・・ところが、強風の影響で宇都宮駅で新幹線が休止。
風が弱くなるまで運転が再開できないとのことで、急きょ車内で待機することになりました。15分間隔ぐらいで経過アナウンスが入るのですが、まったく動き出す気配がなし。焦っても仕方がないので、同じ車内にいたJ`s GOALのライター・江藤さんとツイッターしたり、読書して過ごしていたのですが、気づいたら2時間前になりスタメンが発表され、14:30にJ2の試合が終わり・・・さすがに疲れてきました。少しずつ運転は再開したり、また次の駅で止まり・・・と、まさかここまで足止めを食らうとはねぇ。
結局、15:00少し前ぐらいにしっかり動き出したのかな。
もうこの時点でキックオフには間に合わないことが判明。結局、仙台駅についたのが、3時間遅れとなる15:30過ぎ。ちょうど試合は始まったばかりなのですが、ここから仙台駅から地下鉄に乗って、ユアテックスタジアムまで30分ぐらいはかかりますからね。とにかく急がねばなりません。改札口のところで、遅延証明のハンコを押す列が気の遠くなるようなほど長蛇になっていて、「それに並んでいたら前半が終わっちまう!」ってことで、江藤さんとダッシュで地下鉄へ。
ちょうど地下鉄が来たので、それに乗り込み、ユアスタへ。途中でケータイサイトでチェックしていたら、ジュニーニョのゴールで先制したとしる。ぜー、ぜー言いながらスタジアムにたどり着き、記者席に座ったら、ちょうど矢島選手と黒津選手が交代するところでした。
・・・え?だっていま、前半だよね?
しかも、よくよくピッチを見ていると、スタメンで出ていたはずの稲本選手ではなく、谷口選手が出ている。「前半で2人も交代?一体何が起きたんだ?」と状況が飲み込めず、頭の中に巨大な「?」マークのままハーフタイムを迎えていました。
ハーフタイムになって、東京から向かった他媒体の記者さん、カメラマンさんたちも続々と到着。今回はエルゴラの原稿依頼を抱えていたわけではなかったのでまだよかったのですが、それでもやはりあせりましたからね。Jリーグ最終節の後半45分は、いつも以上に集中して試合を見ましたよ。
試合のことは詳しく書き出すときりがないので、サクっと。しっかりカウンターに持ち込む戦い方ができたいたものの、またも追加点が取れず、後半ロスタイムにCKから失点。ドローで終えました。ただ4位の清水がガンバに0-3で負けたため、6位の川崎Fは順位を一つ上げ、5位でフイニッシュとなりました。
試合後、すでに退任の決まっている高畠監督の監督会見。
会見でのツトさんは、いつも表情をあまり出さず、淡々と言葉を並べるタイプです。厳しい質問に対しても、感情的に反論したりつすこともありません。このときも話すトーンとしては同じでしたが、最後に感謝のコメントを切り出す部分では、ところどころで声につまっていたのが印象的でした。あれだけ富士通一筋でやってきた方ですからね。込み上げてくる思いがたくさんあったのだろうと思います。それにサポーターや選手、スタッフだけではなく、我々メディアに対しても、会見で感謝の言葉を触れてくれたのはうれしかったです。お疲れ様でした。
モロモロの取材を終えて、江藤さんと仙台駅に戻ると時刻はすでに9時。牛タンと食べてると間に合わないということで、急いで帰ることに。案の定、帰りの新幹線も上下線に乱れが出ていて、2時間遅れ。それでもなんとか無事、日付が変わる前に東京に戻ってくることができました。あー、疲れた。
まぁ、思わぬタフな最終節となってしまいましたが、数年後には「あのときの最終節は大変だったなー」とネタにして話せるのかな・・・そんな2010年Jリーグ最終節でした。