どうも、いしかわごうです。
本日は2023年5月15日。
1993年の5月15日にJリーグが開幕してから
ちょうど30年になります。あれから30年ですか。
先週末はJ1取材で国立に。FC東京との多摩川クラシコでした。観客数は56,705人。すごい雰囲気でしたね。
試合は1-2で敗戦。残念ながら4連勝とはなりませんでした。
後半に脇坂泰斗の退場もあり、10人での戦いを余儀なくされたわけですが、問題の本質は前半に喫した2失点だと思います。
前半に気になったのが、パスミスの多さ。例えば左サイドで起点となってパスを出しを行っていた登里享平。瀬古樹との呼吸が合わず、この試合ではいつになくパスミスが目立ちました。
それを「出し手に問題がある」と指摘するのは簡単なのですが、「じゃあ受け手に問題はなかったのか」というと、そんなこともなかったと思うんですね。
中盤や前線の受け手が嫌がる場面があり、出そうにもつけるタイミングが見つけにくかったと彼は話していたんですね。
「ボールを触りたい。触りたいけど、相手からちょっと下がりすぎて受けている。こっちから見ていてフリーでも(受けるのを)嫌がったりという部分があった。そこでつけるタイミングを見逃したりした」(登里享平)
いつもより下がって受けていたというのは、相手のプレッシャーにどこか「圧力」を感じていたときに起きる現象です。相手が奪いに来ていないのに、あるいはそれほど強いプレッシャーではないのに、矢印を感じてしまい、つい安全にボールを持とうとする。ボールから隠れてしまう味方に、それでもパスをつけるのかどうかという話になるわけです。
会見での鬼木監督も「選手の反応が悪かった」と指摘してます。「本当に単純ですが、反応が悪かったなと思います。セカンドボールの反応だったりとか、顔を出すタイミングやボールを出す反応だったりとか、そこのところで相手の方が非常に上回っていたと思います」
そういう状況でも打開の意欲を見せていた強気な選手がいました。
宮代大聖です。
ボールから隠れてしまう選手が散見する中で、彼は勇敢でした。相手の中盤でうまくプレスを剥がせば、一気にチャンスになることを、よくわかっていたのだと思います。
例えば32分には中盤でボールを受けると、鋭いターンで相手を剥がし、中央からドリブルで運んでいくカウンターを見せています。これは必死に戻ってきた仲川輝人にカード覚悟でファウルで止められましたが、良いトライでした。
そしてその数分後に、瀬古樹のパスをエリア内で受けて、木本恭生と対峙しながらも、少しだけ角度をずらしてコントロールシュート。名手ヤクブ・スウォビィクも届かないサイドネットに流し込む、ファインゴールでした。こうして後半に望みをつなげました。
というわけで、この一戦の勝敗をわけたポイントは何だったのか。しっかりと目を逸らさずに振り返ってみました。
レビューではたっぷりボリュームで振り返っておりますので、よろしくどうぞ。
ラインナップはこちらです。
■「勝負のパスが多すぎた。もっとシンプルに足元、足元で打開できる状況ではあったと思う」。前半の問題点は何だったのか。車屋紳太郎が口にした「勝負のパスが多すぎた」とは?
■「こっちから見ていてフリーでも(受けるのを)嫌がったりという部分があった。そこでつけるタイミングを見逃したりした」(登里享平)。前半、いつになくパスミスが目立った原因とは?
■「個人としては、本当にゴールを決めるとか、フィニッシュにフォーカスしてやらなきゃいけないと思います」。追撃弾で気を吐いた宮代大聖。若きストライカーの爆発する日は近い。
■「ある程度、リスクも承知の上ですけど、やはり得点を奪わないと追いつけないし、勝てないというところもあったので」。まるで偽センターバック?リスク覚悟のポジショニングで、効果的な配給を続けたGK上福元直人の中にあった意地。
■「鬼さんにも(相手の)ニアゾーンが空くので、そこに走れと言われていました」(遠野大弥)、「その辺の駆け引きはダイヤがやってくれました。ランニングでスタートポジションも高かったので、駆け引きはやりやすかった」(登里享平)。後半に生まれた決定機は、どれも左サイドから。そこにあった狙いとは?
■「誰が見ても川崎が勝つ試合だと思ってもらえるような試合をしないといけない」(家長昭博)。試合後のミックスゾーンで、家長昭博が言及した言葉で思い出したこと。
全部で約12000文字です。冒頭では2009年の国立でのFC東京との思い出を書きました。
「甘くないトーキョー 」(リーグ第13節・FC東京戦:1-2)
よろしくどうぞ!!